- 2026年
- 2026 年 7 月 26 日
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外出時に気になるのは、タンパク質の摂取と臭いです
金曜日は16時で早退して、19時から新橋で開催された飲み会に出席してきました。金曜日の新橋は……

「脳をオフにせよ 仕事も人間関係もうまくいく集中術」を図書館で借りて読みました。あまりにも今の自分が悩んでいた内容だったので、読了後に本を買い求めました。自分が悩んでいたことの理由と実践的な対処方法が書いてあったのです。
脳をオフにせよ 仕事も人間関係もうまくいく集中術
Amazonで見る集中できないのは意志が弱いからではなく、脳のワークスペースが他のことに占有されているから
在宅勤務が長くなると、仕事と生活と趣味のが同じ空間で地続きでなるので、変化がないことを悩んでいました。特に仕事の切り替えが多いと、未完了のタスクや次の予定が頭に残ってしまい、なかなか集中できないのです。
特に仕事で決まった時刻に打ち合わせが控えていると、その直前まで別の作業に集中できない感覚もありました。この現象については「切り替えコスト」という言葉でこの本では説明されています。
自分は本などを読み出しても、本の内容に没頭出来ずに他のことが気になったりしました。これをこの本では「脳のあまったワークスペースが並列で稼働しているから」と説明しています。ややこじつけくさいと本にも記述がありますが、「気が散るのは頭の良い証拠」という説明が印象に残りました。
これにより、頭が勝手にいろいろ考えてしまうことを、単なる欠点ではないと捉えるようにしました。あと自分は昔から勉強や仕事時など集中するときに、ヘッドフォンで聞き慣れた音楽を聴くようにしています。この本では「聞き慣れた音楽を再生することは、逆に他の集中力を妨げる刺激から守ってくれる」ということが書いてあります。
学生時代に「音楽を聴きながら勉強するなんて集中できない」と一般論で言われ続けていましたが、自分は体験を優先して、その意見に耳を傾けませんでした。今ではヘッドフォンやイヤホンをセットすると、それが仕事に集中するスイッチになっています。
読書は環境を作れば集中できる

まず読書に集中できないのを解決するために、読書する場所を変えました。あまり物を置いていないノイズの少ないトレーニング部屋の一角で、少し部屋を暗くして手元だけ照らして本を読むようにしました。
当然、スマホやタブレットなど集中力を妨げるデバイスは一切持ち込みません。1時間ほど読んだら、少し目を閉じて休憩して、それからまた読む、という読書方法に切り替えました。

この部屋なんですが、視界にはいる情報がほとんどないので、窓の外からの音ぐらいしか集中力を妨げるものがないのです。このお陰もあって、積読の消化が非常に捗りました。もう本はここでしか読まない、と決めました。
脳のワークスペースを読書で埋めるように意識して、余計な考えが入り込まないようにしました。これは意識的に速読したり、場面を想像しながら脳の負荷を上げて読書するようにしたのです。これを最初に少し意識的にやると、あっという間に読書に集中できるようになったのです。
そして折角集中しても、スマホの通知、他人の干渉、目に入る気になるモノがあると、折角集中して読書が出来ているのに、それが途切れてしまいます。途切れると、また脳を読書に戻すための「切り替えコスト」が必要になります。リビングや仕事部屋は目に入ってくる物が多くて気が散るのです。
あと集中していると飛ばし読みができるようになります。「ここは読まなくてもいい」という選別は意外と脳の負荷が高いので、集中してないと判断できません。だから、集中してないとダラダラと読み続けてしまって「面白くないなぁ」という読書体験になりがちなのを防げます。

この読書に集中できるようになった体験から、スマホを常に家の中でも持ち歩く生活を止めてみました。
以前はスマホを枕元において、目が覚めたらチェックし、リビングに下りる時にも手放さずに「あすけん」に食事内容を記録していました。お風呂に入るときにも持って行って、ポッドキャストやYouTube動画を視聴するのに使ってました。
まずスマホの通知はオフにし、スマホは仕事場の机の上を定位置と定めました。で、家の中の移動するときにスマホを持ち歩くのを止めました。「あすけん」の食事記録がすぐ入力できないのはストレスでしたが、すぐに慣れました。リビングから二階に戻るときも、スマホを探さずに手ぶらで移動できるのは快適です。
もっとも、当初は手持ち無沙汰な感じがありました。しかし「脳をオフにせよ」を読んだことで「何もしていない時間は、無意味な時間ではない」ということに気がつきました。脳が休んでいる時間に、情報を摂取しないと勿体ない、という価値観を見直しました。
今までは空いている時間にも、出来るだけ情報を摂取したり、コンテンツを消費しようとしてきました。それが現代人として正しい過ごし方のように思っていましたが、今はその価値観を見直しています。
本は持ち歩けば読むわけではない

これまで公共交通機関での移動、リビングに移動するときには、スマホと一緒に読みたい本を持ち歩いていました。しかし、持ち歩くと本は傷むし、持って行っても読書に集中できるとは限りません。実際、読まないことの方が多いので、本も家の中で持ち歩くのを止めました。
特にリビングやベッドサイドに本を持っていっても、集中して読めないのです。リビングではTVでYouTube動画を見たり家事をやりたくなるし、ベッドではダラダラとタブレットで動画や漫画を見てしまうのです。
ベッドサイドに書籍を置いたり、リビングに本を持って行くという習慣を見直しました。読むときはトレーニング部屋の読書スペースに移動して読むことにしました。読みたい本はトレーニング部屋に置いておくので、仕事部屋やベッドサイドで目にして「読まなきゃ!」という強迫観念からも逃れられました。
自分は仕事で使うこともありますが、昔から個人的にこういう小型の情報端末が大好きでした。iPhone以前からハンドヘルドPCを使って、2ちゃんねるのログをPHSカードで通信して通勤中に読んでいました。
スマホを年がら年中携帯することに、これまでは疑問を持ってなくて、SNSやLINEでは常に即レスしていました。周りにもそういう人間が多かったので、余計に正しいことだと思っていました。しかし、それだけ脳のリソースは食われ続けていて、集中力も散漫になっていたのだな、と最近は意識するようになりました。
家の中でスマホを持ち歩かない暮らしを2週間ほどしていますが、本は集中して読めるし、眠りも安定するようになっています。ブログの更新が増えているのも、集中してPCに向かう時間が確保できているからだと思います。
流石に外出時にスマホを置いて出かけることはありませんが、家の中では確実に出番が減ってきています。脳を休ませて集中力を妨げないようにするために、スマホと距離を置くという行為が、今の生活には合っているようです。