読み流しができないメディアと連絡手段について





8月も気がついたら月末なのですが、お盆休みがあった関係であっという間に終わった感じ。やることは沢山片付けたのに、なんか達成感のない一ヶ月でした。ご褒美が足りないんだろうか?

水原の花火大会は延期になってしまいました

残念なことに今年の祭りで事故があり、高校生が亡くなりました。この影響で25日の花火大会は延期となりました。【報道発表】水原まつり「ザ・灯籠来舞」での事故について

普段はほとんど家飲みをしない私ですが、最近はちょっとメンタルが疲れているなぁ、という自覚があったので、この日はビールでも飲んで花火を見ようかと準備していました。まぁ、延期は仕方ないですよね。

花火は中止になりましたが、買ってきたビールと柿ピーは美味しく頂きました。こういう一人飲みは気楽なんですが、自宅だと喋る相手がいないとツマンナイなぁ。

この日曜、私の家で同級生を中心とした飲み会が開催予定なのですが、想定外に参加人数が多くなりました。酔っ払いの人数が増えると、危なっかしい行動を取る人が出るので、ホストである私が気疲れしちゃって楽しめないんです。家のモノを雑に扱われないかな?とヒヤヒヤしちゃって、飲むことが楽しめなくなるのです。

半年ぐらい前までは、冷蔵庫にため込んだ食材を料理で処分できる!、という喜びもあったのですが、現在は無駄な食材はストックせず、自炊も減らしているので料理の喜びもありません。自家製ピッツァと枝豆だけは準備して、あとは全て買い揃えることにしましょう。食器は全て使い捨てのプラコップ、紙皿、割り箸にして、あとは参加者に任せる放任スタイルにします。

それなりに手間のかかる仕込みをして、ちゃんと料理を提供する丁寧なホームパーティーは、私の環境だと4人ぐらいが限界だと思います。参加人数によってもてなしのクオリティが変わるのは許容してもらわないと、自分が楽しめません。参加メンバーによってその辺の濃淡が発生するのは仕方ないです。

SNSやYahooニュースが駄目で、新聞とかロイターニュースが良い

自分は気になると深掘りしてしまう性格でして、これが昨今のSNSやネットニュースと相性が非常に悪いのです。タイトルやサムネイル画像が気になって、全て中身まで見てしまうのですが、大したことが書いてないのでモヤモヤが拡大します。

そこで止めておけばよいのですが、このモヤモヤを放置できません。「この記事は結局何を伝えたいのか?」とか「これを自分に当てはめるとどうなるのか?」「この内容から何を教訓とすればよいか?」など、記事を読んだことに対する対価を求めたくなるのです。

ただ、そういう記事で価値があるものは非常に少ないのです。 だから、中身を読んで興味がそそられなかったら終わりにするのが良いのですが、自分はそれができません。SNSやネットニュースは読まれてナンボなので、人が中身を見たくなるキャッチーな見出しに溢れていますが、中身は大した事がありません。

これに対して新聞やロイターのニュースは起きたことに対する事実がタイトルに並んでいるだけです。こういう構造なら、タイトルの時点で自分に興味がなさそうなら読み流せるのです。あと自分に全く関係ないニュースが並んでないことも重要でして、芸能とか興味のないスポーツ、ネットで話題になっていることなどは知らなくても全く困りません。

という訳でSNSやネットニュースを見なくなってしばらく経ちますが、無駄な時間も消費しないし、物欲も喚起されないのでお金が減りません。娯楽として読むのは趣味のあうブログをRSSリーダーで読むだけで十分です。

特にXは興味があるものだけの情報摂取を許さず、どうしてもノイズのような情報を混ぜてくるのが苦手です。今は特定のIDの人の投稿を見るためだけにXのアカウントはありますが、誰もフォローしていないし、日常的に見ません。スマホにもXのアプリは入れてません。




SNS断ちをすると連絡網の構築に悩む

私の年代だと、もう新しい人間関係を構築する機会が少ないので、連絡する手段で使うサービスが固定化しちゃってます。新たな人と繋がる必要性が薄いので、相手に合わせたサービスのIDを所有してない人が一定数います。

例えば日本国内ではLINE、世界的にはWhatsApp、韓国だとカカオトークのように誰もがIDを持っているようなサービスは持っていてほしいなぁ、と個人的には思います。というか、これらのIDを持ってない人は新たな人間関係を構築する必要がないから持ってないのでしょう。

X、Facebook、Instagramなどで人間関係が閉じていると、これらのSNSが持っているDM機能でコトが足りてしまいます。ただ、このDM機能はSNSのオマケ機能なので、どうしてもSNSを使うことが強要されます。だから、これらでしか連絡が取れないという人には、私はどうしても声が掛けにくくなります。

というか、周囲にはまだまだ連絡手段がXのみ、Facebookのみ、みたいな人がゴロゴロしています。FacebookのメッセンジャーはFacebook本体と切り離して使えるので、まだマシな方なので我慢して使っています。電話のSMSは、一対一のやり取りしかできないのが弱いですね。

珍しい例ではLINE IDは持っているけど、あえて友達登録をしない同級生がいます。自分の日常での接点がない人とLINEで繋がっても風化するだけなので、お互いにLINEで友達登録しないという判断は尊重しています。LINEで繋がっている友人と一緒じゃないと場が持たない、というのがお互いに分かっているからです。

あとLINEが便利になのは、人数を絞ったグループを作るのが簡単なことです。これがXのDMグループになると、フォロワー繋がりみたいな人が増えていって、どんどん人数が拡大していく構造が苦手です。今日はAさんが主役という集まりを開催する場合、Aさんと仲の良さそうな人に限定して声掛けしたいのです。Xは情報拡散を良しとしているので、そういう限定的な誘いかけに向いてない構造です。

ある程度、年齢を重ねてくると人間関係は努力して維持しないと、維持できないものになってきます。その労力が少しでも下げられるように、LINEのアカウントぐらいは作ってほしいなぁという本音をここに書いておきます。

今週の読書

先週図書館で借りてきた本です。半分読了でございます。群ようこさんの「れんげ荘」シリーズは今年の書き下ろしの新刊で、9冊の既刊ががあります。まだ未読ですが、漫画の続きを読む感覚で読めるでしょう。

疋田智さん「自転車はどこに向かうのか?」読了。ジテツウという言葉を流行らせた自転車界の有名人で、青切符導入やLUUPなどの電動キックボードの事を語るなら、この人が適任でしょう。最新刊なので、それらのホットな話題も取りあげてます。

青切符導入については、私と同様に「全然困らないからドンドンやって!」という意見でした。ちゃんとした自転車乗りは青切符導入なんて何にも気にしてないです。だって、ルールはずーっと守ってますからね。疋田さんは日本の自動車行政のデタラメさを一貫して訴え続けていますが、最近の電動モペッドの扱いには言いたいことも多いようです。

最近、自分が気になることに、老後の交通手段として公共交通機関、自動車、徒歩しか出てこないという解像度の低さがあります。徒歩より早く2~3km圏内にたどり着ける自転車の存在が無視されているんですよね。その辺についても、この本はちゃんと話題に上がっているところが良いな、と思いました。

林真理子「マリコは国宝を見た!!」はエッセイです。自分は小説家の小説を読む前にエッセイを読む機会が多いです。椎名誠さん、原田マハさんもエッセイが先でしたし、林真理子さんも小説は1冊も読んだことがありません。

今、この本を半分ぐらい読みましたけど、ちょっと自分とは価値観が違うようで、林真理子さんの今の生活には憧れないかな。興味深く読んではいるんですが、凄いエネルギッシュだなぁ、と思うだけなんです。あまり暮らしに取り入れたいという内容はないし、共感できることが少ないんですね。

作品とエッセイは別物なのは分かっているのですが、エッセイが合わないと作品を読む気になりません。だから先にエッセイを読んじゃうのは損かもしれません。